年の瀬に思うこと

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出だしから大きな表現となり恐縮ですが、2020年は世界中の誰もが各々の苦労と闘った1年だったのではないかと思います。

 

わたしの場合、コロナ禍で仕事が増大した事もあり、少しの体調不良や風邪が命取りになる状況から体調管理にも万全を期さなければならないという緊張感が常にありました。

 

世間的には緊張感が薄れてきた風潮もありますが、仕事柄世間の緊張感が薄れるほど殊更気を抜くことが出来ず、過剰対策である事が頭で分かっていても消毒と手洗いのみならず入浴も頻回にしてしまう日々が続いています。また、全身に抗菌スプレーを振らないと怖くて外に出る事ができません。買い物のほとんどはネットに頼るようになり、これまでのように外出して人が集う場所で買い物する事にも依然として抵抗があります。

 

「過剰対策をやめよう」と思うと辛くなるので「これだけ対策したのだから大丈夫」と前向きに捉えていますが、さまざまなストレスを発端に、歯や皮膚や治さなければいけない症状が出てきてしまい、病院に行くのも心身に負担がかかっていたように思います。おかげさまで歯も皮膚も概ね治療終了の目処が立ちましたが、総括すると大変な1年だったの一言に尽きるなぁと感じています。

 

元々インドア派な事もあり当初は自粛生活にさほど辛さを感じませんでしたが、自粛が長期化するほど店頭で確認しないと買えない物も出てくる訳で。これだけ疲れていれば家でゆっくり休むために外でご飯を食べて帰りたい日も出てくる訳で。第二波以降はその辺の身の振り方がすごく難しかったな、と思います。

 

我慢を重ねすぎて息苦しくなる日が秋頃に出始め、今は長期戦へ向けて心身の健康を保てるようほんの少しだけ我慢と緊張の糸を緩める生活を模索しているところです。

 

全く行っていなかった買い物については、近頃出勤や病院のついでであれば短時間なら楽しめるようになってきました。まだ数回しかないのですが、近隣の個室や半個室での外食やお茶を楽しんだり、これまた近隣の温泉を探し、空いている時間に浸かる事でリフレッシュを図っています。先日は誰もいない貸切温泉に初めて浸かりました。長期戦へ向けて気力体力を養う事も大切だと身に染みて感じる今日この頃です。

 

年明けすぐ、住み慣れたこの土地から引越します。これから午前中いっぱいかけて此処で培ってきた生活に感謝しながら丁寧に掃除したいと思います。本を読まずして出来るかなぁ...😅

 

都心から離れますが便利なところに新居が決まり、ホッと胸を撫で下ろしています。しかしながら、引越しによって母親とぎくしゃくするのは2回目です。普段は仲良く過ごせているのになぜ急にこうなってしまうのかと、その度に悩みます。

 

ほんのり苦い年の瀬ですが、悩みや辛さに振り回されず、自分の生活を律し明るく冷静に進んでいく事が現状を好転させる唯一の突破口となるのかなと考えています。

 

最後に、今年もどうもありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

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歯の治療と鎌倉

ここ1ヶ月半、週末は歯の治療に通っています。治療時間は30分前後なのに意外と疲れる。朝に歯の治療へ行って帰ってくるともうお昼で、何だか1日あっという間に終わってしまいずっとブログも更新できぬままとなっていました。

 

なぜこのコロナ禍で歯医者通いをスタートしたかというと、小学生の頃に初めて入れた左下の銀歯が取れてしまったことに始まります。

 

取れた銀歯の下で虫歯が進行していた事が分かり、ここ最近は根治治療を行っていました。痛かった〜。泣

 

昨日土台が入り、ようやく左側で物を噛めるようになり、ささやかな幸せを感じています。

 

しかしながら、根治治療のレントゲン検査でこれまで温存してきた親知らずも抜かないといけない状況であることが分かり、親知らずの隣の歯も虫歯になりかけてる所があるとのこと。

 

治療終了まで先は長いですが、良い機会だと思って気長に頑張ります。

 

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先日、久々に鎌倉へ行きました。

電車で行った方が早いけれど、コロナ対策で車にクレベリン置いて厳戒態勢で出陣。

 

人混みを避け、憧れだった鉢の木で精進料理を頂きました。

 

個室で頂く心のこもった季節の味は、身も心も癒してくれ、食後の多幸感は言葉では表現できないものがありました。

 

店員さんの気遣い含めて一品一品がしみじみと素敵で美味しくて、改めて旬の食材や季節の持つ力の素晴らしさを感じられたひとときとなりました。写真には無いけれど、ゆり根の天ぷらが特に美味しかったなぁ。

 

この2週間で季節が急に進んで寒くなってきたし、コロナの不安はずっと払拭できないけれど、季節の力を借りながら少しでも明るく楽しく生活していきたいと思うこの頃です。

 

余談ですが、今回もまた近隣の物知りおじいさんにロックオンされ、お寺の閉門まで30分近くお話を聞く事になりましたとさ。

2020年1/2振り返り

もう8月末になってしまったけれど、続く2020年の下半期に向けてちょっと立ち止まって今までのことを振り返りたいと思います。

 

節目の年と呼ばれる30歳を迎えて数ヶ月経ち、「何かを極めることは、持て得る選択肢をいつでも捨てられること」という気持ちとの向き合い方が2020年の私にとって重要課題なのかなと思っています。

 

あまりにも恐れ多い例だけど、いまの気持ちを素直に書くとアスリートや芸能人が絶頂期に表舞台を退くor一流有名企業のトップが早期退職して山奥暮らしをする感じに近いものがあります。

 

こういったニュースを日常生活で見かける度に、きっとここまで来るのに美味しいスイーツを我慢したり想像もつかないトレーニングや自己研鑽を重ね、辛酸を味わってきたのだろうと思いつつも「まだ続けられるのにもったいないなぁ」と疑問を抱いてきました。

 

去年は様々な面で、仕事を通じて自身の専門性を磨く点や学びに関して一区切りを迎えました。こういった経験から私自身も人間として成長できたと感じているのですが、2020年も半分が過ぎこれまでのことを振り返ってみると、なんとなくアスリートや芸能人が絶頂期に表舞台を退く意味が分かってきたような気がします。

 

冒頭でも触れましたが「何かを極めることは、持て得る選択肢をいつでも捨てられること」だという意識で、20代前半からずっと仕事や勉強に取り組んできました。アスリートや芸能人と違って私には天賦の才能は無いし一切合切を犠牲にして捧げてきたわけではないけれど、誰かと会う時間・休日に遠出したりするゆとり・自身の健康・服飾につぎ込むお金などはやはり周りの同年代の人よりも犠牲にしてきた側面が強かったように思います。

 

特に25歳辺りからは、ちょっとした転機が頻繁に起き、小さい山々を登るような自分との戦いの日々が続いていたので、去年獲得した達成度や充実感はかなりのものでした。25歳から28歳まで過ごした日々は、やる事なす事が全て新しく、間違いなく現時点で人生において一番頑張った時間だったし、まわりと比較しない自分の長所を活かすことができたクリエイティブな日々でした。自分の気持ちの持って行き方がうまくなったり、義務感から楽しさを見出せるようになったのは大きな成長だと我ながら思います。

 

その一方で、去年の冬にかけて20代半ばから続いた必死さや慌しさにはもう幕を降ろそうという気持ちも出てきました。前述の通り、小さい山々を登るような様々な転機は、いわば戦いの時間でもありました。登れると思っていたのに思うように登れなかったり、辛くて自分一人では登れない山々もたくさんありました。山道の中では、恩師や友人との別れもあり、悲しみに暮れた日もありました。

 

振り返ってみると20代最後となった29歳の私は、周りから「もったいないしまだまだやれるよ」と言われながらも戦いから一度離れ、自分の打ち込めることから距離を取ろうとしたという意味でまた一つ転機を迎えていたのかもしれません。去年は友人や家族と休日を楽しめる時間を過ごせるようになり、なんとなく気持ちが落ち着いたように思っていました。

 

 けれど、今年に入ってから「自分にとって大事なことのために他の選択肢を捨てたり犠牲にするのは辞めて、自分にとって大事なことを守り周りの人と楽しい生活を送っていくためにも、持てうる選択肢をより豊かなものに広げていきたい」と徐々に考えるようになってきました。

 

コロナの影響が仕事に波及して受験できなかったのですが、いま、私は調剤事務管理について学んでいます。私を知る人からすると、一見わたしの仕事やこれまで学んできた事と全く畑違いのように思われるかもしれません。

 

ですが、これは幼い頃からの夢と大学時代の研究の延長でもあり、勧められて一度は反故にした選択肢への再挑戦でもあり、選択肢を豊かなものにするための試みでもあります。

 

元々幼少期は人を癒せる魔法使いになりたくて、学校から帰って来てからほうきに乗る練習をしたり(黒歴史)、魔女が使う薬草やお花にどんな効果があるのかを自分なりに図鑑で調べたりしていました。大学では西洋中世史を専攻してきたので、血で血を争う戦いのなかで、歴史と文化の中で魔術がどのように扱われて来たのか学んできました。

 

そこで傷ついた人をどうやって手当てをしてきたのか興味を持ちアロマテラピー検定を取得したタイミングとほぼ変わらない頃に今の仕事についたのですが、非正規での下積みが一般的なキャリアの中で、体調を崩し何度も辞めようと思い転職活動をしていた時期がありました。

 

そんな時に勧められたのが調剤事務のお仕事でした。幸い私は人との縁に恵まれ、いまのお仕事を続けることができていますが、将来はいまの仕事と医療や福祉に関する教育現場での経験やこれまでの学びを有機的に結び付けられるような仕事に発展させていきたいと考えています。

 

そして、もしこの仕事から離れたり別な場所で生活を営むことがあった時のことにも備えられるようコツコツと自分の選択肢を広げるために新しいものに触れたり学び続けていきたいし、自分にとって好きな事や大切な人を守るために、今は敢えて他のことに打ち込んだり新たな景色を観に行く旅へ出かける必要があると感じています。

 

週明けは9月。

時期的にそろそろ本格的に下半期モードに入りそうですが、無理せず自分の気持ちを大切にして小さな楽しみを見つけながら生活していきたいと思う今日この頃です。

苦手という奇跡

以前、知らない人によく話しかけられる「奇跡の会話」についてブログを書きましたが、苦手がゆえに功を奏した記憶が思い起こされたので書き留めておこうと思う。

 

私は運動ができない。

身体が余り丈夫じゃないことと運動への苦手意識が重なり、

ますます身体を動かさなくなることでさらに運動が苦手になるという

サイクルを繰り返しながら、どうにかこうにか高校まで卒業した程だ。

 

いまやイジメにつながるという理由から学校教育の場で行う機会が減っているドッジボールだけれど、私が小学生の頃は一大ブームで授業でも休み時間も頻繁に行う機会があった。

 

そんな運動神経皆無の私が、思わぬ形でチームを勝利に導いた経験が数度ある。

ボールを投げるのも受けるのも絶望的に下手っぴな私にとっては、

ボールが当たっても受け取れても地獄。

 

当たったら受け身が下手すぎるあまり、

必要以上に転んだりして無駄に痛い思いをしなくてはいけなくなる。

受け取れたら、ボールを変な方向に投げてしまう可能性大だ。

 

とにかくボールに触りたくない一心で必死に逃げに逃げまくり、

内野最後の一人として大健闘したのだった。

今にして思えば、これは苦手がもたらしてくれた奇跡だと思う。

 

学生時代の「苦手な単元」「苦手な教科」の名残で、

苦手はつぶさないといけないと思いがちだけれど、

大人の世界では案外そうでもない気もする。

 

苦手だからこそ新たなビジネスチャンスに気づけたり、時に功を奏すこともある。

だから得意なことを伸ばして苦手が役立つその時を待つんだ、と

子どもへ伝えてあげられるような大人でありたい。

 

昨日、NHK日曜美術館皆川明さんの特集を観ました。

www2.nhk.or.jp

mina-tsuzuku.jp

皆川さんが「自分は要領が良くないし物事を理解するのに時間がかかる」と

自分の苦手をきちんと言葉にされていたのが、印象に残りました。

だからこそ、自分が生きている時間で出来る限界を念頭に、

次の世代へ続いていけるように制作をされているそうです。

 

とっておきの日常着に思い出を刻みともに人生を歩んでいけるという考えは、

日本古来の着物文化に似ているという説は納得がいくものでした。

 

ミナペルホネンは、私にとって憧れのブランド。

いつか日常遣いの晴れ着を探しに行きたいです。

2020年上半期・読書記録

過去の投稿を読み返していて「上半期読んでよかった本はまた後日」という一文が目に留まり、この記事を書いています。

 

2020年の上半期の読書記録で特筆すべき点は、電子書籍で本を読むようになったこと。

 

これも過去の投稿で触れましたが、図書館や書店へ容易に行けなくなったことをきっかけに電子書籍を利用することになったのですが、電子書籍だと不思議と自分にとってハードルが高い内容の本も手に取りやすいので、今まで敬遠していた分野の本や社会問題に関する本をたくさん読んだ半年となりました。

 

★衝撃だったで賞

恍惚の人有吉佐和子

books.google.co.jp

以前交流のあった先生から教えていただいた本。

ちょっと前に「少子高齢社会の今だからこそ読みたい約50年前の不朽名作!」といった趣旨の広告を見かけたことも重なって、読み始めました。

先生も大学時代に読んでかなり衝撃を受けたらしいけれど、私も衝撃を受けました。

これが50年近く前の作品だなんてただただ凄いとしか言いようがない。

日本の社会福祉政策は確実に良くなっているとは思うけれど、

介護に追われる家族の働き方や生活は50年前からさほど変わっておらず、

負担があまり軽減されていないことに驚いた。

最近「働き方改革」「テレワーク」という言葉もよく聞かれますが、

社会福祉政策を根底から手厚いものにした上で

ひとりひとりが充実した生活を送るには、

バラマキと呼ばれる付け焼刃の社会福祉政策ではなく、

ライフステージや家庭の事情に合わせた働き方の見直しが

いかに重要であるかを肌身で感じさせてくれた作品でした。

 

★学生時代に読みたかったで賞

『東大の先生! 文系の私に超わかりやすく数学を教えてください!』西成活裕

 

books.google.co.jp

本を読んで、久々に目から鱗が落ちる体験をしました。

自他ともに認める数学嫌いですが「数学って全然難しくなかった…!」と思ったほど。

あまりにも分かり易いのでR-16指定がついていますが笑、

数学が苦手な学生の皆さんに読んで欲しいと思える本です。

苦手と言う思い込みの魔法が解けて、きっと世界が変わるはず。

学生時代にこの本と出会えていれば、もっと数学の成績もよかっただろうな~!

 

★密やかに笑えるエッセイで賞

『もしもし、運命の人ですか。』穂村弘

books.google.co.jp

穂村弘さんの短歌が好きで出版された本はほとんど読んでいますが、

恋愛に特化しているので、穂村さんの作品の中では最も大人びているかもしれません。

それが却って面白さを引き立てているように思います。

どのエピソードもありふれた日常生活の一場面で共感できるところもあるのに、

穂村さんの手にかかった途端に何だか面白おかしくて笑えてしまう。

きっと常識人だしいい人なのに、妄想の常軌を逸している絶妙な文章。

後をひく面白さがあって、職場の内線・菓子パン・駐車場・料金所を見ると、

ついつい思い出し笑いをせざるを得ない。笑

 

他にもたくさんのいい本との出会いがあったのですが、

特に印象に残った3作品を選びました。

下半期は自分のルーツを探るような作品を読んでいきたいなと思っています。

休日の謎

休みの日となると、やたら早起きしてしまう。

昔から。

 

一昨日は5時起き。

今日は6時起き。

 

休みの日はだいたいEテレを見るところから開始。で、いつもより凝った朝ごはんを支度する🥞トーストだけじゃなくて、パンケーキやふわふわのオムレツとか。

 

この休日のルーティン、小学校の頃から変わっていない気がする。家族に「休みなんだからもっと寝ててよ!朝からうるさい!」と叱られてたことを覚えてる。

 

この間、ふとその事実に気づいて自分の事ながら変化の無さに怖くなった。笑

 

本音を言えば私だって休みの日くらいもっと寝ていたい。午前様って言葉にもちょっと憧れがあるし、休みの日の前日に遅くまで遊んで休みの日にゆっくり寝てみたい。

 

けれど、休みという嬉しさやワクワクが勝ってしまうプログラムが体内に設計されているのか

これが上手くいかない。

 

これがコロナ以前だったら、予定の前にどこかでひとりモーニング食べて本を読み、美味しいコーヒーをおかわりして、さらに寺社仏閣に参拝して...と三文の徳にあやかれたものだけど、いかんせんお出かけなんて無理な状況なので何の徳にもあやかれない。悲しい。ワクワク損だ。

 

細々した場所の掃除や整理など、家にいてもやる事は山ほどある。ところが、早起きしたところで気乗りもしないし注意散漫になって余計やる気が失せてしまう謎。特に何もしてないのにやたら時間が過ぎるのが早い不思議。

 

今年はこの謎と闘う夏休みとなりそうです。

 

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夏休みと言えば、プールの後の気怠さを引きずりながら近くの商店でアイスを買って食べた思い出が思い起こされます。

 

夏に食べるアイスはついチョコミント味を選んでしまうのですが、数年前にチョコミント好きは多数派じゃないと聞いて結構なカルチャーショック。

 

毎年夏になると見かけるのに、みんなそんなに好きではなかったなんて。。。根強い人気だと思ってた。色合いも可愛いし。

 

今年はホワイトチョコミントの味をよく見かけるから色々食べてみているけれど、普通のチョコミントよりあっさり頂けるものが多い気がします。スターバックスとかでチョコミントフラペチーノ出ないかなぁ。

もちもち諸問題

「もちもち」を過剰評価し過ぎていないだろうか。

 

かくいう私ももちもち大好き人間だけれど、何でももちもち食感に染まってしまうのは嘆かわしい。もちもちの有り難みが薄まってしまうように思うのだ。謝罪や優しさが過ぎると相手を傷つけてしまうのと同じような感覚に近い。

 

久々にベーグルを食べたけど、最近は他の食パンやスイーツがもちもちしてる所為で、昔ほどのもちもちさを感じず何だかちょっと切ない朝だった。こうして文化の上書きやアップデートって行われていくのかな。

 

個人レベルの文化のアップデートとしては、最近またかわいい服を着ていることだろうか。

25歳頃から学生時代に着ていた服が似合わなくなってきて、悩みながら大人っぽいシンプルな服を選びメイクを薄くしたりと迷走していた。

 

ところが、最近は何だか吹っ切れたように、かわいい服をまた着始めている。

 

懇意にしている美容師さんからきちんと見える年相応の可愛らしいメイクを教わり、髪を切ったというのも理由の一つにあるけれど、30代を迎えて数ヶ月経ってみて「本当に自分が好きだと思えるもの」と「時と場所に応じた服装とメイク」のバランスを取りやすくなってきたように思う。

 

そう考えたら、30代ってもしかしたら人生の中で一番おしゃれが楽しい年代になるんじゃないか。あいにく新型コロナウイルスの影響で暗いニュースが多いけれど、一日も早く心置きなくどこかに出かけられる日が来ますように。