奇跡の会話
奇跡的な会話を多くかわしているという自負がある。
国内外問わず知らない人から話しかけられることが多いし、人からも指摘される。
私が単に忘れているだけなのか。
あるいは私の顔や表情が色んな人の顔統計データの中央値なのか。
知らない人から挨拶される七不思議。
アンケート・勧誘・写真撮影にはじまり、
各地で現地住民に間違えられ道を尋ねられたことは数知れず。
都内(というより日本?世界?)での乗降者数が多い東京駅や新宿駅は、
もう二度と会えない人と奇跡的に会話する確率がぐっと高まる。
「銀の鈴・1年半ぶり・4回目」「八重洲口・数カ月ぶり・6回目」
「タカシマヤタイムズスクエア・半年ぶり・3回目」などと
選挙当選や甲子園出場のような字面を反芻する気持ち。
もう二度と会えないという緊張感と距離感がそうさせるのか、
お互い100%の言葉を出し切って伝えようとする全力さとその嬉しさ。
なかなかどうして、これが周りの人にあまり通じない。
イヤホンしてたのに。
みんなに早歩きだって言われるのに。
口説くんだったら、あ、そこにもっとかわいい女の子いますよ。
そんな大事な選択を通りすがりの私に託して大丈夫ですか。
いってらっしゃい、遠くまでの道のり気を付けて。
知らない街で頑張ろうとするあの人に良いことがありますように。
無事にたどり着けますように。
楽しい旅になりますように。
もう二度とは会えない人たちとの思い出深いエピソードがたくさんある。
ここ数年で一番印象に残っているのは、静岡駅でのこと。
クリスマスのちょっと前、名古屋に住む当時の恋人と熱海で落ち合い旅行に出かけた帰り道。
サンタクロースが持つ真っ白な袋に入れられた仰々しいクリスマスプレゼントを携え、
無事に東京まで持って帰れるのかと思いながら静岡駅の通路を歩いていると、
少し年下に見える活発な男女の学生数名に呼び止められた。
「20歳を迎える新成人の皆さんのために、街ゆく人生の先輩に協力して欲しい」との
趣旨が学生たちから語られ、その熱意に負け協力することになったのだった。
東北と関東の息がかかった某都民が送る、静岡の新成人の皆さんへの応援メッセージ。
自筆のメッセージを書いたホワイトボードを胸の前に掲げ、
他県の成人式で映像出演することになるなんて夢にも思わなかったよ。
当時の恋人とはこの旅行を契機に波乱の道を辿り別れてしまったけれど、
静岡でのこの巡り合わせの妙味は忘れがたいものがある。
一番古い記憶で印象に残っているのは、小5か小6の時。
友だちと数人で近所の公園へピクニックに出かけた春の日。
マダムという言葉が似合う綺麗な女性を連れたカメラマン風のおじいさまから、突然のお声がけ。
「公園で子どもたちが遊んでいる風景を自然に撮りたい。
君たちが映った写真は必ず送るし、今そばに親御さんがいなければ、
今日家に帰ってそのことを伝えて欲しい」と真剣に説得されたのだった。
変質者ではないかと訝しげに思いながらも、
悪い人では無さそうだという意見が友だちと一致したため、
私たちもカメラマン風のおじいさまとマダムの写真を撮影し、
後日郵送で写真を送り合うことにした。
私を含め友だちも全員、帰宅後に親から怒られたものの、
数か月後、事態は思わぬ急展開を見せることになった。
撮影された写真とともに、一通の手紙とシールやメモ帳等のプレゼントが届いたのだ。
手紙によると、カメラマン風のおじいさまとマダムは年の離れたご夫婦であり、
二人の間にお子さんはいらっしゃらなかったものの、子ども好きだったそうだ。
私たちの写真を撮ってくれたおじいさまはご自身で現像を行うほど写真が好きで、
公園で写真を撮ってくれた頃から闘病中で少し前にお亡くなりになったため、
ネガが分からず写真の郵送が遅れてしまった事を詫びる内容が綴られていたのだった。
残されたあの綺麗なお人が悲しみに暮れながら、ひとりで私たちの写真を現像して
丁寧に手紙を綴り、遅れたお詫びとしてプレゼントまで送ってくれたなんて…と
子どもながら胸がしめつけられる思いだった。
みんなで手紙の返信を考え、あんなに怒っていた母親たちは一致団結し、
私たちが撮影したご夫婦の写真の拡大印刷を写真屋さんへ手配してくれた。
拡大印刷した写真は、友だちが綺麗な額に入れて送ってくれたことをよく覚えている。
知らない人から話しかけられることが多いことについて職場の先輩に話したら、
もっと色気を出せば少なくとも変な人から話しかけられる機会は軽減できるという
なんともTV的なアドバイスをくれた。
先輩曰く人間はたった数秒でその人を判断している生き物だから、
服を少し脱いだりして安全オーラを色気で軽減させることが必要らしい。
しかしまるで、色気の正体が、わからない。
男性と女性とで色気の考え方って全然違う気がするし。
女性間でも色気についての考えは個人差が大きいように思う。
そして安全オーラって何なんだろう。
安全オーラも色気も、私にとってまだ理解できない境地の概念だ。
命尽きるまで、奇跡の会話を楽しむしかないか。